マスメディアの役割を考える~

 新聞、テレビの報道で、私たち国民は「情報」を得、政治・経済・世界を理解し行動するといっても過言ではないでしょう。その信頼すべきマスメディアの原点・ジャーナリズムは、「権力を監視する」「真実を伝える」ところにあるはずですが~

なぜ、「原発ゼロ」をめざす行動を一行も報道しないのか?

7月2日東京・明治公園で2万人が参加し、「原発ゼロをめざす緊急高行動」が行なわれました。また、静岡市で、5千人が参加し、浜岡原発永久停止・廃炉を求める集会が開かれましたが、一行も報道されませんでした。なぜ?

消費税増税・TPP推進を実行せよとマスメディアの大合唱はなぜ?

 「指導力を発揮して有限実行を」(読売)、「本気ならば応援しよう」(3朝日)、「首相は今度こそ有言実行を果たせ」(日経)、「有言実行しか道はない」(毎日)と一斉に消費税引き上げ、TPP推進を求めています。財界と財界の期待に応えようとする政府の後押しを強力に推進するマスメディアに、「権力批判」のかけらもなく残念ですね。

徹底して、国民の側に立ち、権力におもねないくタブーのない新聞・しんぶん赤旗に期待ですね。では。

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徳島新聞の偏った「経済」記事~批判。

 8月16日付け徳島新聞2面に、「6重苦プラス化阻む」との記事が掲載されている。記事の要旨は、GDP年1.3%減をプラスに転換させる原動力は、東日本大震災の打撃から急回復を続ける企業の踏ん張りだとした上で、企業をとりまく「6重苦」が企業の踏ん張りの壁となっているとしている。

  記者のいう日本経済の6重苦だが、円高・法人税(実効税率引き下げ)・電力不足・経済連携(TPP先送り)・労働規制(派遣労働法規制強化)・温暖化対策(25%削減)が日本経済の『壁』だというのだ。

 私は、今日実は徳島新聞社に問い合わせしたのです。この6重苦の見解は、誰の見解?なのか。経済団体の見解なのか? それとも政府関係なのか?  またまた、徳島新聞社としての見解なのか? 新聞社の問い合わせの返事は、記事は「記者」の見方で、新聞社としての見解でもないとのこと。しかし、それならば、一記者の見解が、新聞2面の全面に掲載され、しかも、日本経済の発展にとって、ゆがんだ見識(6重苦)が経済克服に当然だとする記事のあり方は、不見識だと抗議したところです。

記者の6重苦の見識では、

使い捨て労働を是認しワーキングプア製造法の労働者派遣法は温存し、TPPを推進し食料自給率を40%から12%に激減させる自国の食料主権を放棄せよといい、地球環境についても国際公約の25%を見直せといい、原発は温存せよと言うに等しい見解です。

これらの認識は、まさにアメリカ発の「新自由主義」路線であり、旧自民党(小泉内閣)の「構造改革」路線そのものです。こんな経済政策を財界は喜ぶでしょうが、「財界栄えて民滅ぶ」論理でしかありません。

 今、日本経済に最も必要なことは、雇用・福祉を土台に国民生活を安定させ、そこ力のある内需拡大を図ること。そのためにも、とりわけ労働者派遣法を改正し、正社員が当たり前の経済社会の構築。農業・林業・漁業など、第一次産業を基幹産業として位置づけ、産業振興を図ること。侵略戦争への反省を土台に、アジア経済での日本経済のリーダーシップを発揮させること、平和主義・教育・地方自治など等憲法に基づく民主主義の発揮こそ私には必要だと思うのですが~

商業新聞、何でも鵜呑みにはできませんね。では。

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稲わらセシウム汚染・賠償は~『火事場泥棒』だって

 16日付けしんぶん赤旗(日刊紙)のNEWS@ニュースにハッとする記事が掲載されています。

東電福島第一原発事故によるセシウム汚染の稲わらで飼育した肉牛の出荷停止について、賠償を東京電力に負わせるのは「火事場泥棒」と論じる記事が月刊誌「公研」8月号に掲載されているとの報道です。

ちなみに『公研』とは、東京電力など電力9社と電源開発が発足させた「公益産業研究調査会」発行の月刊誌です。

 報道によると~

 問題の記事は、巻末の「事務局日誌」で、『天日に晒(さら)された稲わらへの放射性物質の影響などは、当然注意していてしかるべき』で、汚染は『その注意を行政が怠っていたために起きた』と主張。『電力(東電)にその賠償の責を負わすとは責任逃れもほどがある。大衆の怒りに便乗して、何でも彼(か)んでも責任を押し付けてくるとは、火事場泥棒のそしりを免れない』と断じています。

 しんぶん赤旗は、原発事故の賠償責任を国に全面転嫁して東電の責任を棚上げにし、東電が被害者であるかのようにすり替える最悪の免罪論だと指摘しています。

 確かに、赤旗の指摘するように、言いも言ったり「火事場泥棒」とはね。「公研」の筆者、さながら東電は、不本意にも火事を出した被害者とても見ているのでしょうか。この筆者(いや電力会社そのものと言っていいでしょう)の論で行くなら、放射能による今後の「健康被害」などは、さながら、自己責任だとでも言い出しかねません。

 危険な放射性物質・死の灰を扱いながら、その最終責任を負う自覚のなさに改めて怒りを禁じ得ませんが、この程度の自覚でしかないから、「必要悪」として原発の推進ができるのだとも思います。

では。

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8月15日終戦記念日に~

 昭和22年生まれの私は、終戦2年目に次男として徳島で生まれた。戦後中国上海から引き上げてきた父と母は当時3つの長男を抱え、生まれ故郷の鳴門市大津町の兄(父方)の家に戻り、そこから戦後の生活を始めた。

 幼少の私の記憶は断片的で、青臭いトマトを盗み食いしたり、ダムのある川で泳いだり、足の指で川底をまさぐって大きなシジミをさがしだし取ったこと。大きな笊に山盛りになっている赤く湯で上がった手長えびをほうばったり、砂利船(ぽんぽん船)の船底で、父からもらったおかかの握り飯のうまかったこと。(以来、おかかの握り飯が大好きに)、大阪で我が家の前の路面電車に人が引かれて大騒ぎしていたこと。大きな台風(ジェーン台風?)で豆腐の大ますに乗って体育館に避難し乾パンを食べてことなどなど~  まだ、私がまだ小学校に入る前の断片的な記憶ですが、とても大事なものとして何かの折に思い起こすことにしています。

 8月15日の前と後、8月15日を境に、戦後間もない時代を父母がどのような気持ちで生きてきたのが、何も聞かずじまいで、父は逝き。母は、痴呆症が進み、もうとても聞ける状態ではなくなっている今、私の記憶の断片の中に現れる父と母が、私の8月15日・終戦記念日の追憶ということでしょうか。

では。

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阿波踊り見物に出かけました。

ご紹介します。向かって右から~長女の千鶴、風馬(9月からACミランのクラブ)、佳隆(阪神タイガーズ希望)、佳奈子(中一)、陽南(中一・バレー部入部)です。次女と風佳は残念ながら欠席となりました。では。

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