指導者としての未熟さを隠す、゛熱血指導゛という名の体罰~一掃を!

 大阪市立桜宮高校バスケ部顧問の「体罰」による生徒の自殺事件に暗たんたる思いがしています。TVで同校保護者への学校側の説明会の模様の様子が放送されていましたが、ごく一部の保護者からは、「体罰」指導の在り方を「これからも頑張ってほしい」などと激励する声も聞かれ、熱血指導に「体罰」はつきものかのような認識も浮かび上がっていました。

 「体罰」によって、短期間に手っ取り早く言うことを聞かす、そのことでチームを強くしたと錯覚している指導者やまた保護者は案外多いのではないでしょうか。

 私は、高校・大学(2年まで)とサッカー部に所属し、高校時代は国体や全国大会に何度も出場する強豪校でしたが、体罰は受けたことがありません。今考えると、当時としては科学的な理論の上にトレーニングと基礎体力を重視した練習でした。

 科学的理論や合理的な根拠で納得させる指導ではなく、体罰で「従順さ」を求めるのは「上官の命令は絶対」という戦前の軍隊のやり方で、「滅私奉公」という、考えない・ロボットのような人格形成には大いに力を発揮するでしょうが、考える力を引きだし成長させるという人間のもつ真の能力を引き出すことにはならないでしょう。

 試合で負けたから「殴る」って気合を入れるなどというのは、指導者としての未熟さを「熱血指導」という名の暴力で、覆い隠すものです。 

 では。

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