渭北地区成人式にてあいさつ~新成人の皆さんにこの言葉を贈りました。「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」――

おめでとうございます。成人を迎えられた皆さんに、心よりお祝い申し上げます。
私は皆さんに 「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」――という言葉を送ります。この言葉は,第二次大戦でのドイツ敗戦40周年の西ドイツ国会でヴァイツ・ゼッカー大統領が行った演説の一節です.
昨年11月、徳島大学を会場にして、「戦後70年・平和ミュジアムとくしま」という催しがありました。その催しの中で、徳大の学生さんたちが、「シベリア抑留の実態と教訓・樫原道雄さんはどうして生き抜いたか」という戦争体験の聞き取り調査の結果を発表されました。樫原さんは、16歳で兵隊に21歳で終戦、26歳までシベリアに抑留され、現在92歳の元気なおじいちゃんです。記録は、殴られてばかりの軍隊生活、終戦まじかのある日、決死隊の編成突入が決まり、これで死に場所が見つかったとおもったこと。昭和20年の8月19日にソ連の捕虜となり、極寒のシベリアでの過酷な労働の中で、これが戦争をしたものの贖罪だと自分をはげましてきたことなどが克明に記録されていました。
「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」なぜ、成人になられた皆さんに、この言葉を贈ろうと思ったか、それは、今なお、従軍慰安婦の問題や南京大虐殺事件が日韓、日中両国の関係に大きな影を落としていることにみられるように、みなさんが、これから生きていく「国際社会」の中で、「かつて日本は、侵略戦争によって、アジアを中心に2千万人の死者を出した戦争加害者であったこと。また、日本も310万人という死者を出して、多くの日本国民は、戦争の被害者であったということ。そして、これからの日本も、過去に目を閉ざすことなく、その過去の事実を、しっかりと受け継ぎ、大切にして、世界とアジアの中で、生きていく必要があると思うからです。
昨年12月23日、天皇誕生日、82歳になられた天皇陛下が「先の戦争のことを考えて過ごした一年だった」と前置きし、さらにこう述べられました。
「戦後70年の節目の年に当たり、平和であったならば社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると非常に心が痛みます。」
私は、この天皇発言で、天皇が戦争をどう見ているか、戦死者をどう「慰霊」するかあらためて考えさせられました。戦没者慰霊の日などで、一部参列者が「英霊」などと戦死者をたたえ、「戦死者のおかげで今日の日本の発展がある」などと戦死者を美化しようとする方もいますが、天皇の発言とは相いれないものと感じました。この天皇の発言の中には「英霊」などと戦死者をたたえる考えは全くありません。あったのは、「無謀な戦争の犠牲者を悼み弔う」という姿勢でした。天皇のおっしゃる通り、戦争で奪われた無数の命が生かされ輝いていたら、今の日本は、きっと、もっとすばらしい国になっていたことでしょう。
私は、「過去に目を閉ざさない」という、戦後日本の生き方の象徴が、69年にわたって、共に歩んできた日本国憲法に示された平和主義、憲法9条だと考えています。
今年は、18歳選挙権がはじめて行使されることとなる参議院選挙の年でもあります。
若い皆さんが、政治に無関心にならず、清新な心と眼で、国際的視野を広く持ち、この徳島で、いや全国で、そして世界で活躍されることを祈念してご挨拶とさせていただきます。
若い皆さんの、これからの活躍に期待しています。頑張ってください。

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渭北地区成人式にてあいさつ~新成人の皆さんにこの言葉を贈りました。「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」―― への1件のコメント

  1. カルロス より:

    見田さん、この前演説会の時に会ったカルロスです。

    素晴らしい演説を読ませて頂いて、感動しました。きっと若者の皆さんも同じ様に感動したでしょう。「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる」というゼッカー大統領の言葉が特に印象深いです。近頃、「戦争の話で年寄りの人を苦しませている。嫌な事を思い出させている」と民主主義にとって当たり前な討論を抑制しようとしている人とよく会います。しかし、そういう苦しい戦争を二度としない様こそ戦争について語る必要があります。私達人間は白紙の状態の中に誕生するのではなく、複雑な過去の結果であります。従って、過去を隠そうとする行為は人間性を隠す事に等しいです。人間は省みて自分自身はどういう存在であるかについて深く考え、今迄間違った時があると認めない限り、絶対に成長出来ません。だから、国も過去に向き合う勇気を出さなければいつまでも進歩しないでしょう。過去に向き合うという事は「我々は悪かった。ごめんなさい」と謝るだけで不十分です。むしろ、その戦争に至った体制を専ら覆し、二度と起こらない様に法律的な制度を築き、国民に真実を知らせる事です。また、国際的な問題の解決はお金ではなく、法律にあります。

    見田さんが叙述した通り、日本国民自身が戦争の最も哀れな被害者になってしまいました。個人が無くなり、民衆は国家の道具になり、命の価値が払拭され、国民は望んでもない苦しい経験を強行でさせられました。十数人が何千万人の運命を勝手に決めた事は日本史の中で最悪の悲劇です。これを忘れれば、戦争で奪われた命や、当時の人民の苦労が無駄になってしまいます。見田さんが言う様に戦死者を美化する事は確かに間違いです。しかし、僕が思うには、だからと言ってその人達が亡くなった事は無駄ではありません。過酷な体制によって盗まれた命は今安倍が潰そうとしている平和主義の日本の地盤にあります。日本では戦争の傷が深かった為、世界一の平和主義国家になりました。もし傷がそこまで深くなかったら、平和運動が成功しなかったかもしれません。それにより、日本の平和主義を守る事こそ戦死者を尊ぶ事であると思います。

    長文ですみません!まだ言いたい事が沢山あって、そして巧みにまとめられなくて。。

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